「闇」の側から見た芸能界「闇営業」

刑務所は裏社会の情報ネットワーク構築に大きな力を発揮している。写真はメキシコで最近閉鎖された刑務所の入り口(2019年3月16日撮影)。(c)JOSE OSORIO / AFP〔AFPBB News〕

 国内は参院選の運動たけなわですが、選挙期間中は選挙にまつわる話題を避けます。今回は、いまだ収束の兆しが見えない「闇営業問題」を、芸能界や芸人の側からではなく、「闇」のサイドから考えてみましょう。

 現在、日本では古典的な「ヤクザ」は滅亡寸前にあると思います。

 日本全国に暴排条例の網の目が張り巡らされ、指定暴力団の構成員、準構成員とみなされることは、通常の社会生活が送れなくなることを意味します。

 銀行口座一つ持つことができず、自分だけでなく家族や子供にも露骨な影響が出る。組織暴力団の構成員を根絶やしにしよう、という強力な政策が徹底されています。

 そうなると、いわゆる「組織」に属さない形で、グレーないしブラックな稼業に手を染める人が、とりわけ若い世代から登場してくることになります。

 今回の芸能人「闇営業」で問題となったケースの中には、オレオレ詐欺など犯罪を働く、比較的年齢層の若い「施主」が、芸人を呼んだものが報じられていました。

 広域暴力団に属さずに活動する犯罪者集団は「半グレ」と呼ばれています。

 話題になった「闇営業」ですが、ここで注目すべきポイントの一つとして、オレオレ詐欺などを働いた「半グレ」のケースは指定広域暴力団員等ではないことを挙げておきましょう。

 つまり、しばらく前に漫才師の島田紳助が廃業したのとは、状況が異なっていることに注目する必要があると思います。

 明らかに指定暴力団員の名刺などを持っていればまだしも、微妙に「やんちゃ」な施主さんに呼ばれて芸人がお座敷に向かう際、相手がどんな人間か、もっと露骨に言えばオレオレ詐欺などを働いていたか、などを見分ける方法はたぶん原理的にありません。

 翻って表の正業を含め、すでに確立した利権の構図を持っているヤクザは、正業を回しつつ何とか命脈を保っているかと思います。

 こんな具合でケースバイケースに存在するヤクザや半グレなどを総称して「反社会勢力」と呼んでいるわけですが、そういう仕事の依頼を完全にスクリーンすることは不可能でしょう。

 そこで、こうした人たちが「たいこもちを雇いたい」と営業の声をかけてくるのに「絶対に乗ってはいけない」というのが、いまメディアで流布されている「闇営業対策」なわけです。

 結論を先に言うと、プロの暴力団員から半グレ集団まで、各種の反社会勢力はいつまで経っても、メジャー臭のする芸人へのアプローチをやめることはないでしょう。

 また、興行会社が現在も続ける「興行ヤクザ体質」をやめない限り、こんな状況が改善、払底することなど少なくとも私には想像すらつきません。

 そこでまず、ヤクザや半グレの「人材育成」から、この問題を考えてみたいと思います。

虞犯少年のキャリアパス

 以下の準備で、やや私事にわたりますが、私が生まれたのは東京の中野区という所で、育ったのは都下の国立、学校は練馬区という、山手線の中心から大きく西にずれた、微妙に鄙びたエリアでした。

 中央線中野駅の隣は高円寺駅で、ここには某広域暴力団の大きな事務所が存在します。

 また国立の隣、立川にはかつて米軍旧立川基地が存在し、支線の青梅線を少し進んだ「福生」には在日米軍横田基地が存在し、周辺には様々に「やんちゃ」な若者を少なくともかつては普通に目にしていました(現在の詳細は把握していません)。

 国立で小学校の同級生の中にも、中学高校と進む中で「不良」になった人間がいます。

 個別具体的に、誰がどう、ということは把握していないのですが、何となくチンピラになった先で、高校に進んでツッパリになる子、さらには暴走族になるのもいれば、もっと進んで「虞犯少年」とみなされるようになるケースも出てくる。

 英語教師だった私の母は生前、母子相談員というボランティアもしていましたので、いろいろなケースでうちに相談に来るお母さんを見かけ、また相談内容が漏れ聞こえてきたりもしました。

 今書いているのは主として1970年代〜80年頃までの話です。

 不良少年が警察のご厄介になり、少年鑑別所に送られたりすると、虞犯としてチェックされてしまいます。

 さらに少年院に送られたり、前科のつく罪を犯して少年刑務所に入ったりすると、だんだん、日本の普通の社会にいる場所がなくなっていきます。

 そういう、何となくフラフラしていて先にカタギのキャリアパスが見えない町の不良、チンピラが、かつては「暴力団員」の人材供給源になっていました。いまはなかなか、構成員は人材不足になっている様子です。

 で、虞犯少年たちは、別に最初から「事務所」に所属などしているわけではない。勝手に自分たちで「営業」(つまり悪事を働くわけですが)している。そんな連中の中で「見込みがありそう」な奴が、事務所にスカウトされるわけです。

 このあたりの構図は、芸能事務所とほとんど同じと言っていいと思います。町で可能性のありそうな若者がスカウトされる。その中から、稀に売り出される者が出てくる。

 チンピラの場合は、そうやってスカウトされた者を「準構成員」と呼ぶケースが多いと思います。

 その中で、さらに「成績優秀」な者については、親分から「盃」を降ろされて「子分」として正式に登録されることになります。そうなった者が「構成員」になる。

 これと同じこと(よく似ている、ではなく、完全に「同じ」)が、落語家や相撲部屋などで見られる「入門」「部屋住み」の内弟子修行にほかなりません。

内弟子修行と丁稚奉公

「国技」である相撲のこの種の制度・伝統を「ブラック」などと言う人はほとんど見ません。

 もっとも、角界は体質改善を多く求められていますが、<部屋制度をなくせ>などと言う話は聞いたことがないわけです。

 24時間365日、親方や親分、師匠の家に住まいし、掃除洗濯、親分の子守から、使い走り、風呂で背中を流すなどに至るまで、ありとあらゆる<修行>をさせられる。

 という点では、もしこれを「労働」と考えるなら、法に触れる可能性の高い、奴隷的な使役とみることが可能です。

 その代わり、弟子は師匠に好きなだけ稽古をつけてもらい、3食すべての面倒を見てもらう。かつての日本社会で一般的だった「丁稚奉公」などと同様の、疑似家長制的なシステムが成立している。

 こういうものは決してスポーツ芸能だけにとどまらず、戦前の日本では「書生さん」という形で、学問や芸術の世界にも普通に見られる構図でした。

 例えば俳人の高濱虚子は書生として「ホトトギス」を支える多くの次世代俳人を育てています。

 虚子は高濱家に養子で入った人で、生まれた本家は「池内」といいます。池内家で男子が絶えたため、虚子は次男坊を本家に戻します。

 この次男は池内友次郎と名乗り、俳人でもありましたが、慶應義塾から戦前のパリ音楽院に学び、戦後は東京藝術大学作曲科教授として多くの門人を育てます。

 矢代秋雄、松村禎三、三善晃といった人たちですが、特に松村という人は、京都大学教養部に相当する旧制3高を出た後、両親が死んでしまい、東京に流れてきて池内家の書生として、内弟子修行をしました。

 しかし、東京音楽学校合格と同時に肺結核に罹患していることが分かり、清瀬村の療養所入って、7年ほど生死の間を彷徨った後、社会復帰は26歳でした。

 のちに東京藝術大学作曲科教授なども務めますが、キャリアとしては「旧制高校卒」の内弟子出身で、音楽と俳句を家族同様に師匠の家で学びました。

 ここで、実はこの松村さんという人が、私の中学生時分からの師でしたので、私は松村家に居候こそしていませんが、通いの内弟子という理不尽の極みのような徒弟制度で、私自身音楽の基礎を学びました。

 のちに私も東京藝術大学で教えるようになりましたが、私自身は音大・芸大に学んだことがありません。

 では独学かと問われれば、むしろ逆で、今日、受験して合格さえすれば学校に在籍できるような、ドライな環境ではなく、「やめてくれ!」というくらい濃密な環境で基礎を絞られ、骨身から叩き込まれました。

 何より、人格の全否定みたいな誹謗中傷が日常茶飯でしたから、多感な10代にはしんどかったですね。

 これは虚子がホトトギスの4Sと呼ばれる人々・・・水原秋櫻子、高野素十、山口誓子、阿波野青畝などの門人を育てた、基本的な方法であること、さらには正岡子規や夏目漱石などの日常にも直結することは、よほど後になって知りました。

 要するに「弟子入り」みたいなことの本質は、こういう封建期の理不尽な師弟関係と、そこでの、およそ今日の常識的な法規では問題とされるであろう、凄まじい「人材育成法」にありました。

 善くも悪しくも、それと似たようなことが反社会的勢力にも見られるわけです。

 例えば暴走族など「地元の先輩後輩」に端を発し、それが「事務所」に出入りするようになり、晴れて入門を許されると今度は「部屋住み」に始まる「修行」で、徒弟奉公とともに理不尽な目にも山ほど遭い、その間にいろいろなことを覚えていく・・・。

 やや脱線しましたが、私自身、そういう古いシステムで育った、たぶん最後の世代と思いますので、実感の伴う部分を記してみました。

シノギがあるのは「代紋」のおかげ

 ヤクザの部屋住み修行の場合、部屋の掃除だけではなく、親分の運転手などを通じて他団体との交流その他も学び、やがて独り立ちできると認められたら、部屋住み卒業、業界に独立して「デビュー」ということになる。

 芸能事務所も、スカウトののち、あれこれ準備したうえで晴れて「デビュー」しますが、同じ構造になっているのが分かると思います。

 独立した「名乗り」を挙げた「業界人」は、基本、自分の才覚で仕事を取ってきて、シノギます・・・これはどの業界と特定せず、ヤクザでも何でも同じことです。

 ヤクザの場合、手前の器量で取ってきた仕事(例えば地上げでも債権回収でも)は、かつて警察などが「民事不介入」として「民事介入暴力」が花盛りだった時代があるわけです。

「やくざの代紋があるからできるシノギ」であるとして、上がりのかなりの部分が「上納金」として、「暴力団の資金源」に回収されていった。

 戦前戦後の古い時代、いまだ興行ヤクザが現場を仕切っていた時代には「代紋」のネットワークがあることで、プロレスでも浪曲でも、お笑いでも歌謡曲でも、地方支部は芸人という「荷」を回してもらうことができた。

 その「代紋」に対して上納金が相当程度の割合で収められていった。

 この資金が、同時に、民事介入暴力などの不法行為に転用されたり、闇の世界の住人である人々が、(例えば詐欺商法などの目的で)表の世界の被害者たちを騙すのに、広告塔としてメジャータレントを利用したりしてきた。

 これが問題視されるようになって、1991年、平成3年5月15日成立の「暴対法」以降の時代にシフトしていくわけです。

 やや簡略化して言うなら「神戸芸能社&美空ひばり」的な興行ヤクザの時代は「昭和」でほぼ終わり、「平成」の30年を通じて、芸能プロダクションは、民事介入暴力を働くような勢力と、いわば「濾過」され、漉し分けられていきます。

「純粋興行のシノギ」だけを扱うようになるとともに、現場で通用する体質としては、法に抵触するかしないかよく分からない(契約書をとりかわさないというのは、かつての時代の「知恵」そのものですから、その時点でグレーです)ヤクザな体質を温存したまま、非常に不自然なことになっているのではないか?

「タレントはいくらでもおる。いやなら辞めてもらって構わない」

「●●興行の名前があるから、ギャラが成立している」

「いま仕事が来るのは、事務所に売り出して貰ったからじゃないのか?」

 といったセリフは、少なくとも1990年代のテレビ周辺の、ちょっとした物陰では、いくらでも聞こえてきたものでした。

 今現在、どうであるかは現役のタレントも発言していると思いますので、直接御覧になるとよいかと思います。

 ちなみに、事務所が喜ぶような優等生的な発言をする芸能人も見かけます。

終わらない闇社会からのラブコール

 かつて、昭和の頃の話ですが、刑務所の慰問として、大親分が収監されている場所に、普段ならやって来ないような大物芸能人が来演したりすることがあったそうです。

 明らかに背景があってのことで、こういうことがあると、受刑者社会の中で「親分」の評価が上がるというようなことがあったようです。

 国際的には、刑務所というのは、犯罪者を矯正して、まともな社会人として復帰させる施設であるはずですが、日本社会は前科のある人を排除しますから、かたぎの一般社会には生活の場がありません。

 そういう人たちを集め、何らかのシノギができるようにしていたのが、戦後の広域暴力団の姿であったことは、山口組三代目の著書などからもうかがい知ることのできる現実だったと思います。

 これは刑務所に限った話ではなく、少年鑑別所や少年院などが、そちら側の社会での「エリート」を生み出す温床になったり、矯正施設とシャバとを往復する中に、闇社会の情報ネットワークが築かれたりすることになる。

 そして、こうした灰色紳士やその卵たちが、自分たちの社会の中での評価や、詐欺事件のカモとなりうる一般社会の人々にアピールするうえで、広くメジャーに知られた芸能人という存在を利用してきた。

 これは明治大正の昔から、戦後昭和後期の日本、暴対法以降の平成、そして今日に至るまで、一貫して全く変わりがありません。

 ヤクザや半グレなど反社会的勢力の人々は、終わることなく、メジャーな広告塔を利用し続けようとするでしょう。

 また、最低賃金も保証されない「芸人」、とりわけ「一発芸」で短期間テレビなどで人工的なブームに乗せられ、しばらく経つと消費されて顧みられなくなったような人は格好のターゲットになり得る。

 なぜなら、高額なギャラなどメジャーの空気や水を一度知ってしまっていますから、微妙なその「知名度」とともに(また現時点ではヒマでお金もないので)、反社会的勢力から目をつけられやすい。

 現在の環境では、そういう芸能人が今四半期もコンスタントに生産、つまり売り出し続けられ、消費され続けている。

 いま瞬間沸騰的に売れている人の大半は、オリンピックの頃にはテレビ出演する枠を与えられてはいないでしょう。顧客は飽きる。賞味期限を過ぎた芸人には、事務所もテレビ局も単に冷淡でしかありません。

 でも契約なき契約は続く。彼ら彼女らの生活と収入の活路は、どこに見出せばよいのか・・・?

 そこにブラックでもグレーでも茶色でも、あらゆる色の仕事が入ってくる。善し悪しは別として、出来事としては、ごく当たり前のことにすぎません。

 こういうメディアの末期的な回転と濫費を繰り返す限り、この問題には本質的な解決は絶対に訪れることがないでしょう。

 本質的な解決は、全く違うところに入口があります。

 紙幅が尽きましたので、それについてはまた回を改めたいと思います。

筆者:伊東 乾

引用元:BIGLOBEニュース